2008年4月28日月曜日

とほほ記事…読売新聞島根版より

第1回大会山陰代表争う大社と鳥取西6日対戦
夏の高校野球90回記念先輩の熱戦しのび

 全国高校野球選手権大会が今年、90回目を迎えるのを記念し、1915年(大正4年)の第1回大会で山陰代表の座を争った、大社高(旧制杵築中、出雲市)と鳥取西高(旧制鳥取中、鳥取市)が5月6日に鳥取県の岩美町営野球場で野球部の親善試合を行う。試合をする現役ナインは、山陰の高校野球史を開いた先輩たちの熱戦をしのび、夏の夢舞台での再会を誓う。
 日本海テレビ(鳥取市)が両校野球部の交流会を企画したのがきっかけ。杵築中と鳥取中は15年8月15日、第1回全国中等学校野球大会の山陰代表決定戦に出場。2年前に鳥取県米子市であった山陰大会で鳥取側応援団が島根側応援団に暴力をふるった影響で、決定戦は全国大会会場の大阪・豊中球場で全国大会の3日前に開催された。
 試合は8回まで2―2と白熱したが、9回に鳥取中が3点を奪って勝利。試合後、杵築中の千家剛麿主将(後の出雲大社教管長)が鳥取中の鹿田一郎主将に「今までは敵同士だったが、これからは同じ山陰の味方だから、どうか残って奮闘してくれ」と激励した。
 この試合のスコアは現在も鳥取西高が保管。また、大社高野球部史には、試合の朝、杵築中ナインが武運長久を願って5月の端午の節句についたもちを食べ、腹をこわしながらも奮闘したエピソードが残る。
 鳥取中は全国大会開幕戦で山陽代表の広島中(現広島国泰寺高)を14―7で破って勝利校第1号になり、これまでに計22回夏の全国大会に出場した。杵築中も第3回大会で初出場を果たし、夏の全国大会は計8回出場。85年の第67回大会には同時出場もしている。
 親善試合には、両校OBらのほか、鹿田主将の長男の幸雄さん(76)や、千家主将のおいで、出雲大社教管長の達彦さん(85)も応援に駆けつける予定。
 板垣悟史・大社高野球部長は「現役選手は両校が最初の全国大会出場を争ったことを知らない。交流会でOBの話を聞き、先輩が築いた歴史を未来につなげる自覚を持たせたい」と話し、三好徹・鳥取西高野球部長は「遠く大阪で出場権を争った先輩の苦労と夢に思いをはせ、野球への情熱を高める機会にしたい」と対戦を楽しみにしている。
(2008年4月24日 読売新聞)

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 実はこの記事は4日前に見つけたのですが、まだパソコンの問題が解決していなくて投稿できなかったので、今頃になって書いています。
 さて、記事自体はいい話なんですが、紫色の箇所が不謹慎ながら、おかしくて笑ってしまいました。
そんな大事な試合直前に、ついてから3か月も経った餅を食べるなんて!自殺行為じゃないですか。そんな時代ってまだ冷蔵庫もなかったわけで、傷んでいる可能性は高かったのでは?しかも真夏にですよ!その餅が大社で作られていたものなら、大阪まで運んだりもしてるわけですよね。それほどまでにして、武運長久を願って端午の節句についたモチを食べることって普通だったのでしょうか?つきたての頃に祈りをこめて食べるものじゃないの?じゃなきゃ、その時代の保存方法ではおそらく普通、この杵築中ナインのように、腹をこわしますよね。
 そもそも、その餅は、誰が誰のためについたのでしょう?本当に杵築中関係者が杵築中野球部ナインのために、はじめから決勝戦当日の朝のために作り、保存されていたのでしょうか?もともとは暴力事件がなければもっと早く食べるはずだったでしょうし。
 それとも、実は決勝戦の行われた大阪で、誰かが差し入れしたとか?
 いずれにしても、出雲大社のおひざ元の高校生たちとその指導者たちの信心深さ、純粋さに敬服いたします。一後輩としては、母校のとほほさに脱力しつつではありますが(^_^;)
 大社高野球部には、他にもこういった「余計なことをしたばっかりに」ひどい目にあった話がありました。昭和50年春の島根県決勝戦の前日に遅くまで特訓して、本番で疲労から実力が発揮できなかったのです。 こういうのって選手は被害者ですよね。指導者の責任が大きいのでは?
 ところで、大社高校野球部と言えば、一番覚えているのは、昭和51年に甲子園に出場したのですが、習志野高校と1回戦で対戦し、確か8回裏までは7-0で勝っていたのに、8回裏で一気に7点か8点入れられて、結局7-8で負けてしまった試合です。私は当時中一だったと思うのですが、テレビを見ていて、習志野があれよあれよという間に点を追加しているのに対し、大社ナインはなすすべもないかのようで、8回の裏が永遠に終わらないのではと、心配しました。そして大社が負けた瞬間、悲鳴を上げたのを覚えています。
 その後、いい指導者に恵まれていた昭和58年春の甲子園でベスト8に入りました。池田高校の水野とも戦ったんですよ。このときの監督は新田監督。後に浜田高校の黄金期?も作っておられたと記憶しています。あのソフトバンクの和田毅選手は近くにあった大社高校ではなく、遠方の浜田高校に行き、その監督の下、甲子園でチームがベスト8に入り、そのおかげで早稲田の推薦入試に合格し、今があるわけです。
 今の大社高校は学力レベルは下がってしまったけど、野球の方はどうなんでしょう。母校なのに、今一つ関心がなくて申し訳ないです。こんな風にとほほ記事にしちゃってますし。在校生ではプロ棋士の里見香奈さんがいるし、卒業生では竹内まりやや江角マキコが活躍してるしで、けっこう自慢の母校ではあるのですけどね。ほんと、不謹慎な卒業生で申し訳ないです。

2008年4月26日土曜日

やっとパソコンのトラブルが解決

 パソコンのトラブルのため皆様にはご迷惑をおかけし、すみませんでした。

 前回書きましたが、ウィルス対策ソフトの不調が原因で、あれこれ悪あがきした今週初め、ついに失くしてはいけないファイルを無効にしてしまったようで、ネット上で見れない項目があちこちに。こちらの投稿ページの投稿、公開などのチェックボックスも消えてしまいました。それに、仕事で月一回の報告書をネットで作成・送信しないといけないのに、そのページも表示されなくて、これは大変!どうやらFlash Playerが必要なものが表示されなくなったようです。
 そこまでこじれるまでに、本当にいろいろあがきました。ウィルス対策ソフトが原因不明のAuto-protectオフになり、あれこれ対策を実行したのに、解決せず、最後の手段の削除ツールで削除して再インストール。それなのに、丸一日で元に戻ってしまい、途方に暮れた火曜日、ついに「そうだ、システムの復元をしよう!」と思いついたのです。きっかけはネットで、「ネットゲームなど相容れないファイルが原因のこともある」「Windowsのアップデートとウィルス対策ソフトが競合してそうなる可能性もある」などと書いてあるのを見つけたことでした。もし、最近家族の誰かがダウンロードしたものが原因なら、不調になる前の状態に戻せばいいのでは?と考えたのです。
 ところが、バックアップもとらずにいきなりシステムの復元にとりかかったためか、冒頭のような状態を招いてしまったのでした。
 
 結局、もうだめだ、と観念して新しいパソコンを注文してしまいました。もともと4月になったら買い替えるつもりでいましたし。5年以上毎日のように酷使していたので、この3か月ほど調子が悪かったのです。でも、4月に入ってもずるずると使い続けていたのでした。こんなことになったのも機械の「もう、引退させてくれ~!」という悲鳴だったのかもしれませんね。 パソコンを替えると決めた途端、翌日はなぜか、ウィルス対策ソフトの方は正常に動いたりして、現金な奴め(~_~;)。 
 でも、パソコンを買い替えると決めてしまったら、私も気分がすっきりして、頭も冴えてきました。このさい、古い方はリカバリしてみようと思いついたのです。ノー〇ンは2年契約していたのでもったいないけど、もうあの重さには耐えられないし、捨ててしまってもいい、と割り切りました。
 さて、昨夜遅くから始めたバックアップ作業のため睡眠時間3時間。今日は松江に行ったりと何かと忙しく昼寝もせず、夜8時半頃からいよいよリカバリ作業に入り、ついさっき(午前0時)完了したのでした。もう、目がしょぼしょぼ。
 さて、引退したがっていた?機械は新しく生まれ変わらされたわけですね。ふふふ。デスクトップ右上と右側には新品ならではのサイドバーが派手に表示されています。きれいに磨いたら本当に新品みたい。壁紙もダニエルからイルカに。さわやか~♪
 しかし、この 私の汗と涙の結晶は夫が赴任先の宿舎のマイパソとして持って行くのだそうです。ネットは使わないそうだから、ウィルス対策ソフトは入れてなくても大丈夫そうですが。向こうで今使っている98はまだ健在なので、こっちに持って帰り、子供に使わせるつもりのようです…(*_*)。 まあ、夫の単身赴任以来、普段は私と子どもたちばかり新しい方のパソコンを使ってきたから、仕方ないですね。それに私も子供たちもおニューのパソコンをいつでも使えるわけですしね。
 
 いや~、それにしても、あたふたした一週間でした。でも最後は自分一人でこれら一連の作業を全部やり遂げたのですごく達成感があり、満足です(^-^)。
 そうそう、今この記事は新しいPCで書いてるんですよ♪。今日の午前中に来たのです。設定も電気屋さんと一緒にしました。はじめてのVistaで、XPとは何かと勝手が違いますが、2Gになったし、画面がクリアだし、機能も色々ついているのでこれから使うのが楽しみです。

2008年4月21日月曜日

今日はよく働いた~!

 今日は、朝からいい天気でしたね~(たしか、全国的にそうでしたよね?)。
 
 こんな日は身体がよく動くし、身体が動けばますます調子が出て、次の仕事をどんどん見つけてしまいますよね。私は、今日は冬物の残りを洗ったり、前に洗ったけど吊ったままだったのを箪笥にしまったり、などなど今まで投げっぱなしにしていた家のこまごまとした仕事を一気に片付けました。
 昨夜はなかなか寝付かれず睡眠時間が4時間くらいだったのですが、身体が動く動く!朝7時半頃から午後2時半くらいまでほとんどノン・ストップで動きました。
 掃除、洗濯といつもどおりの家事をしてから、冬物の整理をして、夫に頼まれていたスラックスのボタンの付け替えや、拭き掃除用に古くなったTシャツを数枚小さく切ったり、捨てたいズボンの金具を取り除いたり、古本・雑誌を明日のリサイクル収集に備えて、からんだり。
 犬のエサを切らしていたので、ホームセンターが開く頃に出かけ、エサを買い、帰宅。さっそく、お腹をすかして待っていたダンジュウロウのもとへ。その後、新聞を読んでから、用事で実家まで一往復。その途中で銀行と郵便局、スーパーにも立ち寄り、それぞれの用事をすませ、家に帰ってからは、庭のミモザの剪定。ついでに草取り。その後、夕食の下ごしらえ。 ついでに冷蔵庫の整理までしちゃいました。何年も前から入れっぱなしだった瓶詰めなどの食品もこの際処分し、容器の分別もしました。
 4時半からは仕事が始まるのでそっちの準備もしなくては、と思いつつ、さすがに2時50分くらいから3時半まで昼寝をしようと決めました。でも、宅配便が届いたり、子供が帰ってきたり、JAの人が来たりで、結局10分くらいしか休めませんでした。
 そして、仕事の準備をして、4時半から6時半まで仕事。その後40分かけて夕食作り。『名探偵コナン 紺碧の棺』を録画しながら夕食。そして、8時から9時半過ぎまでまた仕事。
 
 他人様から見たら、このくらいのこと、別に普通の事かもしれませんが、普段が普段なだけに(いつも仕事の時間の1時間前くらいまでぼんやり過ごしているのです)、私にとっては忙しく働いた充実の一日だったのでした。
 
 仕事がようやく終わり、PCの電源を入れてお風呂に入り、上がってからPCに向かい今に至っております。 ところが、一日の締めくくりのつもりでPCに向かっていたのに、PCの右下に出てるはずのノー○ン・インターネット・セキュリティのマークがない!嫌な予感がしていたんです。実は金曜の夜、ネットに繋ぐと「安全な閲覧ではありません:Auto-Protectオフ」と表示され、解決方法を色々試し、最後の手段のRemoval Toolでソフトを削除し、再インストールしたのでした。その後数回の再起動を繰り返し、ようやく元に戻ったのです。しかも更にその後ウィルスの完全スキャンに5時間ほどかかったのでした。結局土曜日はほぼ一日かけてノー○ン対策に追われていたわけですね。そして、昨日は良かったのに、やっぱり元に戻ってしまいました。たった一日しか持たなかったのね(泣)。そのうち、金曜日と同じエラーメッセージも表示されました。さっそく解決法を試しましたが、金曜日と同じように何をしてもだめ。やっぱり削除と再インストールするしかないようです。一体何が原因なのかわかりません。サポートの方もメールでの問い合わせ等は受け付けていませんし。どうしたらいいのやら。せっかく気分のいい一日だったのに。
 
 ところで、話は変わりますが、実家に行くと私が必ずチェックするのが農協系の月刊誌『家の光』。今日も最新号(5月号)を読みました。まず占いを見た後、あれこれ興味を引く記事を読みます。
 今回特に気に入ったのが、ヨモギとドクダミを有効に使おうという記事です。
 前にサスケさんが勧めてくださったヨモギの天ぷらも載ってました。あれから揚げ物をする気力がなく、試さないまま3週間が過ぎてしまったのですが、異常に活動的な今日こそ、試そう!と、草取りのついでにヨモギを獲り、フライヤーに残っていた古くなった油を濾してみたら大丈夫そうだったので、さっそく天ぷらを作りました。ついでに『家の光』に載っていたドクダミの天ぷらも。ドクダミを食べるなんて!ジョディさんから見たら、私ってゲテモノ好きに見えるかしら?ヨモギの天ぷらはサスケさんの仰っていた通り、おいしいです♪抹茶塩とよく合いますね。パリッとしてまさにスナック。おやつとしてグー!です。夕食の一品のつもりだったんですけど、夕食の前になくなっていました。ドクダミのほうは口に入れてしばらくすると、やっぱりにおいが気になります。それに酸味も。ドクダミはやっぱり食べるのには向かないかも。お茶ならおいしく飲めるんですけどね。これからも気が向けば、ヨモギの天ぷらはちょくちょく作ろうと思います。デトックス効果も期待できそうですしね。

 

2008年4月19日土曜日

危うく正面衝突されるところでした

 徒歩圏内にお店などがない我が家。買い物などのため、毎日車で出かける生活をしています。
 今日も買い物に出かけた帰り道、もう自宅まであと70メートルというところで、ギョッ!!住宅地の狭い曲がり角で、できるだけ左に寄り、スピードを落として曲がろうとしていたら、曲がった先の道からこちら側に曲がる車がスピードも落とさず、しかも思いっきり右側に大回りして来るではないですか!あろうことかこちらに気づきもしない。もう、キャ~!衝突する~!!と必死でクラクションを鳴らそうとしました。が、クラクションなんてめったに鳴らさないし、車を替えるたびにクラクションの位置が変わっていて、押す所にとっさに手がいかないのです、これが(汗)。こちらの必死の形相に気づいたのか、ようやく相手もスピードを落としました。相手のスピードが落ちてからやっとクラクションが鳴ったのが、ちょっとむなしかったです。でも、相手としては抗議のクラクションだと捕らえたかもしれません。そのほうがむしろいいか…。
 
 なんとか衝突は避けられて良かったのですが、あのまま向こうが気づかなくて正面衝突していたら…と思うと、ゾ~ッ!!いつも何気なく生活の一部として通っている道で、そんな何気ない日常を二度と送れない目に遭うことになっていたかもと思うと、恐ろしさと怒りがこみ上げてきます。
 
 相手は黒の軽ワゴン車で、金髪っぽい茶髪の姉ちゃん。助手席には3歳くらいの男の子が乗っていました。すれ違いざまにこちらになにか言いたげにしていましたが、結局行ってしまいました。私が怒った顔をしていたから怖くて逃げたのか、それともガン飛ばしていたのか。それにしても、小さい子を乗せといて、よくもあんな危険な運転ができるものです。狭い住宅地の曲がり角だと、普通は向こう側から車や人が来るかもと想像して、スピードを落としますよね。自分が通る時だけは大丈夫だと思っていたのでしょうか。まさに自己チュー。想像力の欠如。なんだか、その車って以前こちらでも書いた、スーパーの駐車場で2台分のスペースに斜めに駐車していた車と同じ車&運転者ではないかしら?と思っちゃいます。どうやら、その茶髪のヤンママ、うちの近所に住んでいるか、またはよく出入りしているようです。まだ二十歳だそうですが、お子さんのためにもしっかりして欲しいです。
 
 お年寄りやオバサン(自分も含めて)、若い女性の運転する車には普段から特に警戒していましたが、子供連れはノーマークでした。まあ、今回はママさんといっても若い女性ですけどね。ほんとに、車の運転をする時は油断できないです。自分が気をつけるのは言うまでもないのですが、こちらが気をつけていても周りの車や時には自転車、歩行者もどんな無茶苦茶な動きをするかわかりませんから。とっさにクラクションを鳴らせるように練習をしておかなくては。

2008年4月14日月曜日

生命力みなぎる春

 この春は、桜の花のつきがよく、枝一杯にぎっしり花が咲いていて、見ごたえがありました。そろそろ花も終わりそうで、祭りが終わったようなさみしさを感じます。
 散り行く桜は残念ですが、一方桜が満開になると同時に、あちこちの家の庭や花壇、山の斜面に雪柳が勢いよく咲き零れてきました。今尚全盛です。また、レンギョウの黄色も目を引きます。黄色といえば、菜の花を忘れてはいけませんね。私は学生時代に電車通学していて、沿線に咲いていた菜の花を見るのがこの季節の楽しみでした。そうそう昨日は学生時代に利用していた一畑電鉄の、菜の花鉄道祭りがあり、テッチャンの息子は一日楽しんできたのでした。
 また、桜が散り始めると今度はあちこちの花壇をシバ桜が紫、ピンク、白とグラデーションになって覆ってきました。デイジーや水仙、チューリップも。外を歩けば、日々、色とりどりの植物に心が躍ります。木々の若葉に、みずみずしい生命の息吹を感じます。

 ところで、今年は桜だけでなく、大体に植物の勢いが強いような気がします。気のせいかもしれませんが、なんだか雑草が例年以上に勢いが良くって。一ヶ月くらい前から、カラスノエンドウがどんどん伸び、最近はタンポポが毎日庭のあちこちで花を咲かせています。私は、タンポポの花は綺麗でかわいいので大好きなのですが、ご近所の迷惑になってはいけないので種ができるまでに、泣く泣く根元から抜いているのです。どうせならいっそウサギを飼って、ウサギに食べさせるといいのでしょうが。さらにここにきてカタバミ、ヨモギ、クローバー、ペパーミントがすごい勢いで伸びてきました。シバ系の雑草もみるみる伸びてきます。夫は芝系の雑草を見るたび、「レンタルで山羊を飼いたい」と言いますが、ほんとにそうしたいくらいです。まあ、そんな雑草の中に芝の新芽を見つけたときの喜びはひとしおなんですけどね。それにしても今年のカラスノエンドウ、勢いが普通じゃないような気がするのですが気のせいでしょうか…。見つけ次第抜いてはいますが、イタチゴッコな感は否めません。

 雑草→嫌われ者という連想から、害虫のことも思い出してしまいました。今年は3月のうちからちょっと暖かくなると、庭の排水溝の辺りを中心にすぐに小バエが沸くし、家の中にはチョウバエが…。例年ならチョウバエは梅雨ごろに風呂場にでるのが相場だったように思うのですが、私の勘違いだったのでしょうか?いったんチョウバエが風呂場以外のところに現れるとしばらくいます。2階の壁にも止まっていました。ヒエ~ッ(泣)。風呂場の浴槽の裏は一体どうなっているのでしょう。想像するのも恐ろしいです。明日辺り、勇気をだして、駆除に乗り出さなくては。

 いろいろな生命が動きだす本格的な春が来て、この日本では新年度もスタートし、ほとばしるパワーを感じる今日この頃です。

2008年4月10日木曜日

サラリーマンNEO シーズン3

なんとシーズン3が始まっていたんですね。NHK総合で4月6日に。私はそのことを知らなくて(いや、忘れてた?)、今朝たまたまテレビをつけていて、チャンネルをあちこち変えていたら、いきなり「セクスィ~部長」の顔がアップで出てきてびっくり。チャンネルを確認するとBS2。もしやシーズン2の再放送?と思い、新聞で確かめて驚きました。BS2の朝8時30分から新番組としてシーズン3が始まったところだったのです。つまり、 これは総合の方の再放送だったわけです。
初めの5分間を見逃してしまったのが残念!きっと「NEO EXPRESS」を見逃したんだろうなあ。私はこのニュースコメディのキャスター、中山ネオミの大ファンなのです。生瀬さん演じる報道男(むくいみちお)キャスターもいつも中山ネオミにいびられていてかわいそうながら、いい味だしています。この二人の掛け合いがいいんですよね。また、ニュース自体もありそうでない、あったらいいなという内容ですごく面白いです。たとえば、シーズン1でやっていた本音プリンターのニュースが最高でした。長い文書を全部読んでいても結局作成者の本音はなかなか掴みにくいのですが、本音プリンターを使うと、相手の本音を読み取ってくれ、印刷すると相手のいいたいことが簡単な言葉ではっきりとプリントされて出てくるのです。例えば、「興味なし」という具合に。開発者としてインタビューに答える人の役を演じた八十田勇一がまた、うまいんですよね。ほんとに一般人の技術者っぽい受け答えをしていて、本物のニュースみたいでした。他にも、失恋休暇導入のニュースなど面白いニュースがいろいろありました。次はどんなニュースが出てくるか楽しみなコーナーなのです。
 ところで、今日の「セクスィ~部長」、良かったです。久々で気合が入ってたのでしょうか、沢村一樹乗りに乗ってる感じでした。締めに八十田勇一が出てくるのはもうお約束として定着したようですね。私はあれがまた好きなので、うれしいのです。
 サラリーマン体操も良かったです。今回はいつもの男性3人のメンバーに、中越典子も加わりました。名刺渡しの体操では、両足を抱えられてぐるぐるメリーゴーラウンドみたいに回され、最後はふらふらになりながらも続けていた中越典子。この番組ではいつも痛い役を嬉々として引き受けているように見えます。
 「喫茶80’s」というコントもおもしろかったです。マイケル・ジャクソンの「スリラー」がBGMで流れていて、「スリラ~♪~~~」の部分だけ、お店にいる人が皆無言で踊り、その箇所が終わるとそのまま無言で元に戻るっていうのが。
 また、「就活一直線」と言うコントや、タイトルは忘れましたが、すし屋のコントも良かったです。
今日はシーズン3のスタートとして文句なしに面白かったです。シーズン2が第一回が今ひとつだっただけに、今回は期待できそうです。
4月12日午前3時10分からの再放送を忘れずに録画しなくては。この番組の詳しい情報はこちらのサラリーマンNEOホームページで。

2008年4月9日水曜日

竹内まりや、コンプリートアルバムが待ち遠しい

 ちょうど一週間前の夜、NHK総合で「SONGS」の一周年スペシャルを見ました。第一回に取り上げられた竹内まりやが一年ぶりに登場。
 一年前の番組は録画したのですが、今回はやめました。でも録画しなかった事を激しく後悔してしまったのでした。  
 最初の方は一年前に流れた映像もかなり使いまわされていたので、やっぱり録画しなくても大丈夫だったかなと思ったのですが、途中から出るわ、出るわ、お宝映像が。
 前回はなかったライブで歌っている「駅」や松たか子とコブクロの野外コンサートでサプライズゲストとして歌った「元気を出して」、それに嫁いでいく娘に贈るはなむけの歌「うれしくてさみしい日 Your Wedding Day」。
 その日の放送が終わって直ぐに再放送の日程を調べました。でも、今朝まで忘れていました。今朝ふと新聞で探してみたら、ちょうど3分後にBS2で再放送が始まるじゃないですか。でも、もともとは45分の番組なのに30分番組になっています。もしかして違う番組?と録画しようか迷ってしまっているうちに始まってしまいました。まりやさんの声で「やっぱり、これだ!」とあわてて録画ボタンを押したのでした。
 やっぱり「人生の扉」「駅」は何度聴いてもいいですね。また、新曲「うれしくてさみしい日」は、嫁いで行く娘への母親の心情を歌った新しい視点での歌で、娘をもつ母親なら誰でも自分と娘を重ねて胸にグッと来ると思います。うちなんかまだあと早くても10年以上先のことでしょうに、じ~んときてしまいます。今後、結婚式で花嫁の母が歌うのが流行ったりして?ピアノを弾けるお母さんが弾き語りで。カラオケじゃあちょっと…ですものね。
 さて、せっかく録画したものの、やはり、15分のカットされた部分は記録に残せませんでした。残念です。しかも、調べてみたら、昨日の午後3時15分にフルバージョンで再放送されていたのでした。そして今日が最後の再放送。やっぱり先週のを録画しとけばよかった~。残念です。
 今年は、まりやさんのデビュー30周年記念。30周年を記念したコンプリート・ベスト・アルバムが秋にリリースされます。待ち遠しいです。

2008年4月8日火曜日

名回答!・・・本日の人生案内より

ホステスと同伴 妻怒る
50歳代男性。子どもは独立し、夫婦二人暮らしです。半年ほど前、酒に酔ったとき、「仕事の接待で利用しているクラブのホステスと、“同伴”で飲食店やカラオケに行っている」と妻に話してしまいました。
 妻は「信じられない。デリカシーがない」と怒り、それ以来、口をきいてくれず、寝室も別にされました。訪ねてくる子どもたちも雰囲気を察してすぐに帰ります。定年後は、妻と旅行などして仲良く過ごしたいと思っているのですが、今のままではかないそうもありません。
 妻は怖いのですが、一方で、男たるもの聖人君子でもあるまいし、少しくらい遊んで何が悪いのか、という気もしています。氷のような妻の心を解かすには、不本意でも謝るべきでしょうか。私の取るべき方法をご助言下さい。(京都・A男)


 昔、妻が守るべき心得を「婦徳」とか「婦道」と呼びました。今、「夫道」があるとすれば、お互いに貞操を守ることであり、万が一破った場合は、妻に打ち明けないことだと私は思います。街で同伴を見つけられたら「偶然」と弁明し、現場に踏み込まれても「何もしていない」と言うべきです。妻に告げるのは、どんな代償を払ってでも離婚する決意を固めたときだけです。
 定年後、奥様と仲良くしたいなら、男の沽券(こけん)をかなぐり捨てて無条件降伏、平謝りするよりほかはありません。そして家事や力仕事をこなし、老後「いたほうがいい夫」をアピールすることです。中高年でひとりになった男性の寿命は短いといいますから、この際自分の命を買うつもりで頑張って下さい。妻の怒りが今回の件だけなら、これでなんとかなるでしょう。
 問題はあなたが気づかないだけで、妻の側に積年の恨みがある場合です。それとなく預金通帳などの無事を確認して下さい。妻が離婚準備しているとしたら事は重大で、心をつくして一から話し合わなければなりません。(樋口 恵子・評論家)
(2008年4月8日 読売新聞)

相談自体はどうってことないのですが、樋口恵子さんの回答があまりにも見事なもので、ここで取り上げてみたくなりました。どの言葉にも、「ほほ~!」「その通り!」と頷いてしまいます。提案内容も「なるほど~」と納得させられます。ここまで明快だとほんとに気持いいです。久々のヒット回答でした。

2008年4月7日月曜日

My daughter has come back.

娘が帰ってきました。12日ぶりです。
空港の屋上から、タラップを降りる人々の中に娘の姿をさがしたのに、見つからずあせりました。到着ロビーに下りてみると、見覚えのある服を着た子が泰然とした様子で壁際に立っており、「いたいた♪」と思うと同時に、そのあまりにも何気ないたたずまいに一瞬とまどいました。出発する時の頼りなさそうな、ちょっと不安そうな姿はどこへやら。呑気で飄々としたものです。 それに、送り出した時と服装や持ち物の色合いががらっと変わっていたため遠くからではわからなかったのかと納得。

出発する時は引率の方もいらっしゃいましたが、帰りは実質、伊丹空港で解散。国内線の乗り降りなら、もう1人でも大丈夫と言ってのける辺り、随分自信をつけたものです。

空港から自宅まで向かう車の中でオーストラリアでの体験をいろいろ聞きました。
ホストマザーは料理が上手だったこと。ホストファザーは渋くてかっこよかったこと。18歳のブラザーはいつもスーツを着て仕事に出ていたのであまり交流がなかったこと。14歳のブラザーはゲーム好きだと言う事。10歳のブラザーはすごくかわいくて写真をとりまくってしまった事。 娘達とは別にフランスからの留学生のお兄さんがいて、その人がハンサムでいい人だったこと。
そして、近所のホストファミリーとも盛んに交流があり、そこのゲストの子達とも仲良くなった事。
学校で一緒だった仲間達が愉快で楽しかった事。色んなあだ名も飛び交っていたようです。その学校はシャフストン・インターナショナル・カレッジと言い、島根からは小4から高校生まで4人、他の県(四国4県と山形県)からの皆さんと合わせて25人の生徒が小3から中1までのクラスと中2から高3までのクラスに分かれて勉強したのだそうです。うちの子のいたクラスの男子達はシモネタ連発で女子から顰蹙をかっていたとか。よその県の子達とも友達になれて、とても楽しかったようです。実は行く前から、夫は「同じ家にステイする子は山形の子だったりして~。」と言っていたのですが、本当にそうだったのでびっくり。

ただ、写真ができてきたのですが、見てがっかり。インスタントカメラを3個持たせたのですが、意味もなく同じ風景写真ばかり何枚もあるのに、肝心の娘自身が写っている写真が一枚もないではないですか。一枚撮ってもらっていたのはわかるのですが、変な線がたくさん入っていてダメ。それに無駄に撮った写真が多すぎて、観光地での様子やホストファミリーの様子がわかる写真もほんのわずか。なんだかな~。友達が撮った写真を送ってくれるのを首を長くして待ちます。

ところで、お土産はまだ届いていません。というのも、スーツケースが、ブリスベンからシドニーに移動する際に手違いが生じ、未だに戻ってきていないからなのです。明後日以降、宅配便で戻ってくるようですが。

2008年4月4日金曜日

海抜9000フィート、灼熱の砂漠を走るダニエル・ボンド


周りでは高山病にかかった人も出る中、見る者に苦しさを感じさせずに「走る」「跳ぶ」「撃つ」とアクションシーンの撮影をがんばるダニエル。写真はUSATodayからですが、The Sunの方にも同様の写真プラスαがあります(こちらの画像はコピー不可なので載せられません) 。チリの天体観測所の観測員の宿舎で行われた記者会見の記事に添えられた写真です。

The Sunの記事ではgood newsとして、ダニエルの口から“Until my joints go, I will keep going as Bond.” と言う言葉がでてきたと伝えています。日本語に訳すと「関節が動かなくなるまでは、ボンドを続けるよ。」というところでしょうか。

Quantum of Solaceはこれまでのものよりずっとアクションシーンが詰まっているそうです。スピードボート、スカイダイビングなどはもとより、いろいろ激しいアクションシーンがあるようです。

また、The Sunの記者は相変わらずダニエルのヌードシーンについての質問を投げかけたようですが、プロデューサーのバーバラ・ブロッコリが、「私は毎日脱げ、脱げって言ってるのよ。」と話に割り込んでくるそうです。そこでダニエルがすかさず、「いくらそうやってマスコミに漏らしても、どうにもならないよ」と切り返すのだそうです。

ところで記者会見の場所となった天体観測所は悪役のグリーンの陰謀に関わる施設のようです。表向きは環境関連の友好的な会社と見せかけてはいるが、実は…と言う事だそうです。

2008年4月2日水曜日

QOSチリでのロケ&ダニエル寝ぐせ画像


 先月下旬チリのホテルに到着したダニエル(&サツキ)。
すごい寝ぐせに白いTシャツ、こんな感じで寝起き姿のダニエルが自分ちの洗面所でうろうろしてたらどーしましょう。

 実はこのチリのロケではラストシーンの撮影もあったようです。こちら(MI6)にラストのシーンの画像と説明(ネタバレ)が書かれています。

 また、ロケ地のある鉱山の町で、そこの町長さんが撮影中に乱入してしまい、3時間ほど身柄を拘束されていたそうです。その町長さんは、自分に許可なく自分の管轄している地域で撮影した事に対して抗議したかったそうです。また、本当はチリで撮影しているのにボリビアでの出来事として映画で使われるのに不満があるのだそうです。チリとボリビアは約130年前の戦争以来、外交関係はないそうです。