映画監督の山本嘉次郎は通行人の役など“その他大勢”の役者も、一人ひとり名前で呼んだ。「青い服の君、少し右に」などと指示する助監督を、「人には名前があるのだ」とたしなめたという◆できそうで、できない。道行く人々から挨拶(あいさつ)される古代ローマの有力者も相手の名を思い出すのには苦労し、「ノーメン(=名前)クラトール(=世話役)」と称する記憶係を従えていた◆米国のブッシュ大統領もそういう係をそばに置きたかったに違いない。日本の報道機関と会見し、「コイズミ」は4回、「アベ」も口にしながら、ついに「フクダ」の名は出ず、「いまの首相」でお茶を濁したという◆アウン・サン・スー・チーさんの名前を何度も間違え、サルコジさんの名前には演説草稿にふりがなを振ったと伝えられる人である。“その他大勢”と考えたわけではなく、ただ単純に覚えられなかったのだろう◆誰にも苦手はあるから映画監督の記憶力は望まないが、忘れてほしくない名前がひとつある。母親の切ない訴えを聴いて、目を潤ませた日のことは大統領も覚えておいでだろう。「メグミ」という。
(2008年7月5日01時52分 読売新聞)
ここ数か月、人生案内のほうは今一つ私的にこれといったのがないのですが、編集手帳のほうは月に2回くらいは「これは!」と感じる記事があります。
最初にそう感じたのは、今年の5月17日の坂本竜馬の妻おりょうの写真について書かれた記事でした。確か導入は小野小町の話が来て、おりょうがらみのエピソード(寺田屋事件)とともに写真の話に、そして最後の落ちに笑ってしまったのでした。今まで15年以上毎日読んでいて、編集手帳がこんなに面白かったなんて気付かなかったのが不思議です。もしかして字が大きくなったのに伴い、字数が減り、より簡潔な記事になった分、インパクトの強い表現になってるからとか?
まあ、とにかく、それ以来毎日期待してこのコラムを読んでいます。
おりょうの記事のように「クスッ」と笑わせるものもあれば、ほのぼの系、そして今日の記事のような事件、事故の被害者の方についての悲しいものもあります。どれも心に沁み渡るような表現力に感嘆します。 今日の記事には最後の最後に一気に涙腺を刺激されてしまいました。
また、表現力もさることながら、このコラムを読んでいて感心するのが、何といっても書いている方の引出しの多さです。大体のパターンとして、有名な歴史上の人物だけでなく、その道の人しか知らないだろうと思うような人物のエピソードや詩などの文学作品等を時事問題にからめ、最後は絶妙な結び方で締めているのにはもう唸るしかありません。
他に割と最近で印象に残っているのが、下記の記事です。一部問題になりそうな表現もありますが、私はこの記事は何度読んでも、涙なくしては読めません。
ほどけた靴ひもを結び直しても10秒はかかる。道で足をとめ、青く色づいたアジサイに見惚(みと)れても30秒は過ぎる。のどが渇き、駅の売店で何か飲んでも1分という時間は流れる◆居合わせる。居合わせない。ご遺族の方はきっと、靴ひもでいい、路傍の花でいい、わが子、わが夫に、立ち止まるわずかな時間も与えてくれなかった無情の天を仰ぐ思いでおられよう◆世の中が嫌になったのならば自分ひとりが世を去ればいいものを、「容疑者」という型通りの一語を添える気にもならない。加藤智大という25歳の男が東京・秋葉原で通行人を車ではね、ナイフで刺し、7人を殺した◆〈「はじめまして」/この一秒ほどの短い言葉に/一生のときめきを感じることがある〉。事件当日の朝、新聞で読んだ詩の一節が浮かんでは消える。時計のセイコーが23年前に一度だけ放送した“幻のCM”という◆犠牲者のひとり、東京芸術大学4年の武藤舞さん(21)は環境音楽を学び、コンサートを企画する会社から内定をもらったばかりだった。「はじめまして」。あこがれの職場で挨拶(あいさつ)する、ときめきの1秒は永遠に来ない。 (2008年6月10日 読売新聞:編集手帳)
4 件のコメント:
そうですね、御指摘どおり。字数が減って簡潔な表現になったのでインパクトが強い感じを受けるんでしょうね。ほんと、最後の締め(落ち?)が上手いです!
そして6月10日の記事、私も心に刺さりました。犠牲になった方たちの(遺族の方の)無念、悔しさを思わずにはいられませんでした。理不尽な事件が後を絶たないですが、一連の犯行の20代の若者は長男と同世代なんですよね~複雑な気持ちです。
ジョディさんもそう思われます?
書き手にとっては字数制限が厳しくなって大変かもしれませんが、簡潔でインパクトのある文章になっていて、却って良かったかもしれませんね。
理不尽な事件が後を絶たず、やるせない思いがします。どんなふうに育った人間があんな事件を起こすのかと思うと、子を持つ者として、私も同じく複雑な気持ちになります。
こんにちわ。
何だか。ずるずると長い文章よりも重みある文章ですね。私はそんな気がしましたね。
短くなる分言葉を的確に選ばないといけないんだろうなぁ。
koikoiさん、
そうですよね。短く簡潔な表現だからこそ、内容によってはより重みが感じられますよね。
このコラムの記者さんは、こちらの情緒に訴えるのが本当にうまいと思います。
特に、6月10日のコラムは出だしと締めが素晴らしくて、唸ってしまいます。
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