2007年11月2日金曜日

我が家のホストファミリー体験記

(1)2006年2月5日~2月6日 セラージュ(27歳・男) from アフガニスタン
 アフガニスタンの学校教師(中・高生の英語担当)
 背は168cmくらいでがっちりタイプの男性。立派なヒゲを蓄えたハンサムさん。でも、同国から来た他の人たちに比べて忘れ物が多かったりと、行動がどこか抜けていて微笑ましかったです。
 5日 朝、松江に迎えに行って国際交流センターでご対面。すぐに車に乗り出雲方面へ。途中でお昼を食べ、自宅へ。その間、お互いの家族のことや仕事の事、お互いの国の気候、学校の様子など、いろいろな話をしました。自宅についてから暫くお茶を飲んだりしてのんびり過ごした後、大社方面へ出かけました。まず吉兆館と出雲大社へ。それから寒風吹きすさぶ稲佐の浜へ。確か大社図書館にも立ち寄ったような。

 その後おみやげを買う為にダイソーへ(和の小物がたくさんあるので)。彼は必死でMade in Japan製品を探していましたが、お察しの通り・・・。でも、婚約者のためにバッグを買っていました。百均ショップのもので本当にいいの?と思いましたが・・・、うちに来る前に大阪で他にも買ったと言っていたので、いいんでしょう。27人家族だそうなのでおみやげ買うのも大変だったと思います。

 コミュニケーションは英語でとりました。お互い英語が母国語ではないので多少の誤解もありましたが、概ね良好に意思の疎通ができたと思います。セラージュは特に息子のキャラが気に入った様子で、愉快そうに過ごしていました。

 翌日は夕方までに松江に連れて行かなくてはいけないので、松江に向かいながらMade in Japanの電気製品をさがして何軒もまわりました。とにかく日本製でなければ買う意味がないと真剣に言うのです。Made in Japanは単純な製品よりももっと複雑で精密な製品になるからどうしても値段が高くなるし、やはり彼にとっては高価すぎるのです。結局、懐中電灯にはなぜか日本製のものがあったらしく4本も購入していました。以前も書きましたが、あちらでは夜がとにかく暗いからなのだそうです。観光としてはゴビウスと平田図書館、松江城に立ち寄りました。そして、集合場所のホテルへ連れて行き、十数組のホストファミリーとゲストが一同に会し、和やかながら感動的なfarewell partyへ。

 パーティではアフガン青年達が荒木八洲雄さん(安来節の普及や山陰鉄道研究会の世話役をなさっている方で、ビートたけしの番組で「デンデンバッハ~」と言いながら宇宙人と交信を試みた方としても一部では有名)の指導で安来節を踊りました。荒木さんとはその頃たまたま鉄道趣味の息子を通して手紙のやり取りをしていたので、うちの息子も荒木さんから安来節を一緒に踊ろう、と誘われ戸惑いながらも踊りの列に加わりました。また、青年のうちの数名が民族衣装を身に纏い、彼らの国のポップス系の音楽に合わせてダンスを披露してくれました。アラビア風で幻想的な音楽と流れるような動きのなかにも力強さのあるダンスにウットリしました。踊っていた青年達がまた、イケ面でしたしね。あの曲をもう一度聴きたいです。パーティが終わるとあちこちで抱擁しながら涙涙のお別れ(もちろん同性同士で)。彼らの幸運とアフガニスタンの発展を願わずにはいられませんでした。

★お世話するに当たり気を付けたこと: イスラム教徒のため、1日5回のお祈りと食事制限があり、かなり気を遣いました。お祈りには水を必要とするので、外出時には主人の職場のシャワー室を借りたりしてしのぎました。また、女性は肌を見せてはいけないという事で私はスカートはやめました。また、異性との接触も基本的にタブーだと聞いていたので、私と娘は席が隣にならないようにしました。でも、お別れする時間が近づいた頃、向こうから隣に座るよう誘ったり、別れ際に握手を求めてきたのには面食らいました。タブーの話は一体なんだったの?

 やっぱり食事が一番気を遣いました。豚肉がだめなのはもちろんですが、本人の好き嫌いのためか、魚介類も全く食べませんでした。昼食の天婦羅定食はご飯しか食べず、夕食のおかずは結局、鶏のから揚げくらいしか食べなかったですね。うなぎのおいしいお店にも連れて行ったのですが、「日本人は蛇を食べるのか?」と聞きます。こちらが蛇ではなく、魚の仲間のeelだと何度言っても納得してくれず、結局唐揚げ定食を食べてました。野菜もあまり食べなかったですね。ただ、チョコレートやバナナはいくらでも食べていました。あらかじめ、甘い物が不足している国から来るので甘過ぎるくらいのお菓子が喜ばれるとは聞いていましたが、その通りでした。前にも書いた事がありますが、バイキング形式のfarewell partyで、最初からケーキを3つお皿に乗せてましたしね。 

★感想: farewell partyが終わり、別れを告げる時、夫は泣いていました。「帰国後の彼らの行く末を思うと・・・」と言って・・・。アフガニスタンという、再興をかけて奮闘している国から日本の教育事情などを学ぶ為にやってきたセラージュ。まだまだ政情が不安定で、セラージュの帰国後も、たびたび学校がタリバンの残党による爆撃を受けたというニュースを目にして、安否が気になっています。帰国後2ヶ月ほどはメールのやり取りをしていたのですが・・・。アフガン関係のニュースを見聞きするたびに本当に厳しい現実を目の当たりにする思いがします。

 我が家にとってこれが初めてのホストファミリー体験でした。きっかけは夫の職場の方から声がかかり引き受けることになったのですが、今回のセラージュ達アフガニスタンの青年を見ていて、これからも発展途上国の発展と、若者達の志を微力ながら支えることができればと思い、しまね国際センターのボランティア登録をしました。その後昨年から今年にかけて予定も含めて6人の受け入れをするに到っています。 発展途上国だけでなく欧米からのお客さんも、身近な国際交流になるので喜んで受け入れています。

 それと、観光施設等の案内に際し、DHの読書による豊富な歴史知識が役に立ち、またそれを特別得意なわけではないはずの英語で上手に伝えていた事につくづく感心したと言う事も付け加えておきます。やはり、語る内容なくしては多少英語ができてもね~、というのを改めて痛感しました。

(2)2006年6月30日~7月2日 ポーンさん from カンボジア

(3)2006年11月25日~26日 ジョンさん from  アメリカ合衆国

(4)2007年1月6日~7日 ターちゃん from  中国

(5)2007年8月5日~6日 ファンフィちゃん from 中国    

  詳細は: 中国もいろいろ 2 http://peachboy-peachboy.blogspot.com/2007/08/blog-post_05.html

(6)2007年11月3日~5日 ビクトル from スペイン

  詳細は: スペインもいろいろ http://peachboy-peachboy.blogspot.com/2007/11/blog-post_05.html

(7)2007年11月16日~18日 ジュリアン from  イギリス

  詳細は: http://peachboy-peachboy.blogspot.com/2007/11/gentleman-from.html

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ようちゃん、色々と精力的に活動されてますねえ。ホストファミリーって凄く気を使いそうだけど、異文化交流で面白そうですわね。神々のおわす出雲だけに、日本らしいところも見物できてよいのかも。しかも11月はヨーロピアンがござらっしゃるのね。こりゃ大変だ。なんとか頑張ってあと2キロぐらい減らさなくちゃですわね。その折の顛末記、楽しみにしてますよ~ん。

yochan さんのコメント...

 たった今、ビクトルが「おやすみ。」と言って、2階に上がったところです。
 ビクトルって、写真で見るとけっこう色が黒く濃い印象だったけど、実物は繊細そうで色白なハンサムくんでした。なんかかわいい~。
 今日はウェルカムパーティで総勢40人のEU諸国からの学生さんたちに会いました。出し物で何組かに分かれて歌を披露してましたが、やっぱりイタリアンは陽気でした。まずギャグで笑わせてから本番に入る辺りさすがだと思いました。イケメンもちらほら。うちのビクトルも近くで見るとなかなかのものです。