2008年2月15日金曜日

鹿男あをによし

「鹿男あをによし」も今回(2月14日放送分)でもう第五話になりました。

第一話は今ひとつな感じでしたが、二話でちょっと、三話でグンと、四話でドド~ンと、という風に回を重ねるごとに面白くなっています。そして五話ではいったん盛り上がりも最高潮に達し、直後また新たな展開を期待させるように六話につながります。

私は原作は読んでいないので、今後の展開は知りませんが、今日の終わりの展開はさすがに読めましたよ。だってまだ前半なのに、日本を救う為の鍵となる鹿の言うところの「さんかく」がそうそう簡単に手に入るわけがないですものね。

詳しい内容についてはフジテレビのホームページで。

鹿男・小川役の玉木宏(これから以降、玉ちゃんと呼びます)、いい味出してますよね。あのポカ~ンとした顔、「オレ様」千秋と同一人物とは思えないほどです。「敵は本能寺にあり」のときの織田信長役で「信長様ですか」と尋ねられて「おお」と答えた時の感じと似ています。なんかこう気が抜けてるんですよね。でも、だんだん先生らしくなってきて、生徒に対する態度なんかも堂々としてきて、「あら、素敵」とちょっとトキメキを感じさせてくれる鹿男小川。もし、自分が高校生だったら、あんな先生がいたら毎日学校行くのが楽しみになりそう。高校生から見たら大人で、でもどこか頼りなくて母性本能をくすぐられそう。それになんといっても背が高くてハンサムですからね。
ところで玉ちゃんって顔が鹿に似ていますよね。以前は駱駝に似ていると言われていたそうですが、言われてみればそうですね。横顔のシルエットは確かに駱駝です。

他のキャストでは、私が前から好きな佐々木蔵之介が、前回からやけにアップで何回も意味あり気に出てくるので嬉しいような照れくさいような。

綾瀬はるかはうまいですね。原作では妻子持ちの男性教師だそうですが、キャラ的に彼女しかいないということだったらしいですね。原作は知らないけど彼女のキャスティングはナイスだと思います。あのオタクっぽさ、女性だから余計おもしろく、かわいい感じがします。

京都女学館・長岡先生役の柴本幸は第二話までは身体の大きさが目立ちすぎて、しかもあまり美人には見えなくて、マドンナと呼ばれていることに疑問を感じていました。でも、三話、四話と髪型や服装、メイクを工夫したようで、今はとくに異存はありません。週末に録画したのを見ることにしているDHも、ずっと彼女がマドンナと言うのが許せなくて彼女の場面は見たくないといっていましたが、説得して見せました。なんとか四話の彼女は合格だったようです。 柴本幸は柴俊夫と真野響子の娘ですが、ほんと大きいです。顔はお父さん似ですよね。ヤセの玉ちゃんと釣り合うように痩せたのでしょうか、二話ではすごく体格がいいなぁと感じたのですが、4,5話ではすらりとした感じになっていました。

堀田イト役の多部未華子は、ミステリアスでいいですよね。鹿と何か関係ありそうな、重要人物っぽい感じがしますよね。ところで彼女はうちの娘の友達にそっくり。そんなこともあり、応援しています。今日も彼女の剣道の試合シーンでは泣きながら応援してしまいました。

他にも溝口先生役の篠井英介さんやリチャードの児玉清、オープニングのナレーションに中井貴一など豪華メンバーが揃っていて、楽しいです。

また、何と言ってもしゃべる鹿。シブかわいい~。特に第四話では台詞が多く、そのしゃべり方が今風の普通のしゃべり方で面白かったです。特に「あの女・・・・ひょっとすると・・・」と思わせぶりに間を持たせた後「バカじゃないのか」と言ったところには大爆笑しました。藤原の隠された使命でも明かされるのかと思いきや・・・がくっ。あの鹿はアニマトロニクスというロボットなんですってね。リモコンで遠隔操作して歩かせてるそうです。顔の表情は人が糸を動かして作ってるそうですよ。しゃべってる時の口元などは、小川も言ってましたが、本来の鹿の口の構造上ありえないのですよね。また、あの鹿の後姿がかわいいんですよね。あの愚鈍そうな後姿。たまりません。うちの飼い犬のダンジュウロウにそっくりなので余計に愛しさがこみ上げます。 ちなみにダンジュウロウは色もあの鹿に似ているし、表情も似ています。

それと、忘れてならないのが、エンディング!あの音楽がいいんです!音楽をバックに鹿さんたちが走る、走る。金色の線が浮き出てくるところもいいですね。舞台となっている古都奈良のイメージにピッタリ。古代のロマンを感じさせて気に入ってます。そういえばドラマのタイトルの「鹿男あをによし」の「あをによし」って奈良の枕詞ですが、青と赤が良いと言った意味があるそうですね。このドラマでは朝のシーンは画面全体が思いっきり青、夕方のシーンは画面が思いっきり赤になってるのは、この「あをによし」と言う言葉を意識したものなんでしょうね。

あと何話あるのか知りませんが、多分7、8回?これからの展開が楽しみです。いろいろクセのある登場人物がいるし、日本の未来や藤原や小川の恋?も気になりますし。堀田の正体?も知りたいな。
ますます目が離せませんね。

2008年2月10日日曜日

QOS関連続報

2月4日、QOSの主要キャストとスタッフ、それにダニエルの彼女サツキ・ミッチェルがパナマに到着、国立劇場でのウェルカムパーティに出席したそうです。(左の写真)

また、2月9日のパナマでの撮影風景や撮影の合間でのサツキとのツー・ショットも こちら(just jared.com) に掲載されています。

パナマでは、ボンド暗殺計画に予定されているホテルのエレベーターのシーンや、MI6エージェントのフィールズ(ジェマ・アータートン)の駐在先だそうでその関係のシーンなどを撮影するそうです。

また、来月はペルーへ移り、インカの空中都市マチュ・ピチュ遺跡で撮影が行われるそうです。

2008年2月9日土曜日

ダニエルQOS関連最新動画&雑誌表紙画像

最初の方は監督のインタビュー、続いて前回upした動画と同じシーン、その後は今までになかった映像がけっこうたくさんあります。

傷だらけの顔で微笑んでいるダニエルにキュ~ン。シーンによっては老けて見える時もあるけど、やっぱりボンド役のときのダニエルは若々しいです。やんちゃ坊主復活!ですね。
 
動画はこちらから。



ちなみに左の画像は“Arena Magazine2008年3月号”の表紙を飾っているダニエルです。

2008年2月7日木曜日

とほほ記事2連発


 クマの巣穴に散弾銃を放ち、仕留めたクマを取り出そうとして、巣穴で身動きが取れなくなった猟師さん。犬を抱いて厳寒の夜をしのいだのですね。お気の毒なはずなのに、どこか「とほほ・・・」で微笑ましいですよね。
 でも、あれこれ疑問が。クマってこの猟師さんより大きいでしょうに、同じ巣穴を出入りできるんですね。もしかして小熊?
 また、他の3匹の犬たちはその間どうしていたのでしょう。

 クマ猟ってなんのためにするのでしょうか?毛皮をとるため?肉を食べる為?それにしても冬眠中のクマを撃つのですね。ショックです。まあ、その仕事はそういうものなのかもしれませんが・・・。
(読売新聞: 2月4日の記事より)


 この原告の男性本人にとっては大いに不満かも知れませんが、育毛効果があったのは確かですよね。2001年からほっといたら4年後にはもっとすごいことになっていたでしょうに、写真を見る限りでは確かに増えていますもの。
 
 「リーブ21」の会社もこの写真を出す事で会社にあまり不利益はないと判断したんでしょうね。

 でも、実際わずかにしか毛が増えないのだったら見た目が若返るほどにはならないし、大金を出す意味がないと、最近前頭部があやしくなってきたワタシも思います。女性用もあるようですが・・・。
       (読売新聞: 2月6日の記事より)

2008年2月6日水曜日

本日の人生案内


 
 いや~、久々に衝撃的な内容でした。読売新聞購読者の皆さんはもちろん読まれたと思いますが、そうでない方にも、是非読んでいただきたいです。こちら(回答者の言葉も見ることができます)でもご覧になれます。
 
 この姑、私には理解不能です。なんというずうずうしさ。この現代の世界から隔絶された異次元世界の住人か?という印象です。世界が狭すぎて頑迷になってしまったのか。偏狭という言葉がピッタリな感じ?80歳になるまでの人生どんな風に歩んできたんだろう?毎日何を考えて暮らしてきたんだろう?他人事ながら不毛な人生に思え暗澹とした気持ちになります。回答者の苦言は心に届くのでしょうか。

 それにしても、お嫁さんは立派ですね。私だったらそんな義母を黙認する夫に切れて、新婚のうちに絶対離婚すると思います。その前に結婚自体しないかも。

2008年2月4日月曜日

ダニエル、40歳の誕生日まであと4週間

3月2日はダニエルの誕生日です。
 
 去年の誕生日の時は私の中のダニエル愛が燃えに燃えていたのに、何をして祝ってあげたらいいのかわからず、カジノロワイヤルの特大ポスターに向かってお祝いの言葉をかけただけで終わりました。
 
 でも、今年はよく出入りしている非公式ファンサイトの有志がダニエルの40歳の誕生日プロジェクトを立ち上げてくれたのでそちらに参加しました。そのプロジェクトではダニエルにお祝いメッセージを送ったり、ダニエルが支援しているBarnardo'sというチャリティ団体へ寄付をする事ができます。この団体は全ての子ども達は貧困、虐待、差別から解放された生活を送るべきだという信念に基いて募金活動をしており、ダニエルも賛同し、去年ラジオでメッセージを述べています。私もさっき寄付してきました。この手の寄付は、以前10年間フォスタープランでスリランカの子どもの一家の援助を続けていた頃以来かも。 ダニエルの誕生日を祝いつつ、世界の子どもの幸福の手助けもできるわけですから、いい企画ですよね。 発案したのは私の桃仲間(「ホテル・スプレンディッド」の桃のシーンの話題で盛り上がった)のドゥンダ(ドイツ人)です。
 
 また、このプロジェクトとは別に、一週間前に、同じくそのサイトの別のメンバーから、「まとめて送るからバースデーカードを作って送ってね!」と呼びかけがありました。締め切りは2日後とのことで、その日は忙しかったけど、大急ぎで作って送りました。バースデーカードと言ってもネットで画像を送らなければならなかったので、結構苦労しました。文字をワードアートで作りたかったかったので、ワード文書でカードを作りましたが、いざ、ペイントにコピーして画像ファイルにすると、汚くなって今ひとつ納得のいかない代物になってしまいました。ペイントで作るとワードアートは使えませんよね。パソコンに詳しい方、是非ワードから綺麗に画像に変換する方法をご教示ください。結局、時間もあまりなかったので、そのまま送ってしまいました。文字も違うタイプでもっと大きくすれば良かったと後悔しています。他のメンバーのはすごくポップで綺麗に仕上がってただけに・・・。私のは汚い上にかなり控えめな感じになりました。でも、雲海に浮かぶ富士山を背景にしたちょっと和風テイストのカードになったので逆に目立ったりして・・とダニエルの目に留まってくれることをちょっぴり期待♪。
 
 バースデーカードと言えば、思い出す、ほろ苦い思い出。まだヨン様が日本でブレイクする前の年、「冬ソナ」がBS2で放送されていた当時、ヨン様の誕生日に韓国語でバースデーカードを送ったのでした。でも、なんの音沙汰もなし。まあ、そんなに期待もしてなかったのですけどね。あの頃日本ではまだまだでしたが、すでに香港やシンガポールでは人気があったので私の送ったカードなんか目も通してないんでしょうね。それに、あの時は公式ファンサイトの方にもメッセージを書き込んだのでした。でも、多くのファンがメッセージを寄せていたのに、しかも公式ホームページなのに一切本人からの感謝のコメント等はありませんでした。でも、翌年、日本でブレイクし、けっこうヨン様も日本のオバサマたちにあれこれサービスしていましたよね。まあ、タレント個人というより、事務所とかの考えなんでしょうけどね。やっぱり、あれだけの市場になれば、なんらかの行動をおこさざるを得ないのでしょうからね。結局はジャパン・マネー?なんてね。なんか悲しかったです。 初来日の頃には、私のヨン様熱はすっかり冷めていたのでよけいにこんなクールな見方になるんでしょうけどね。
 
 そんなこともあり、去年のダニエルの誕生日にも個人でカードとか贈っても読んでももらえないだろうなと思い、特に行動は起こさなかったのでした。でも、今回はネット上とは言え気心の知れたもの同士が一緒にダニエルの誕生日を祝うことができるので、心強いです。たとえ万一ダニエルからの反応はなくても、皆の気持は伝わると思うので、それでいいのです。

2008年2月1日金曜日

パパ・ママ考

 私が時々覗いている某大手掲示板(2chではありませんよ)で、半年に一回くらいの割合で「親の呼称」関係のトピックがあがります。
 
 だいたいのトピ主さんの言いたいことは、
①最近は親が自分のことを「お父さん、お母さん」ではなく「パパ・ママ」と呼ばせている家庭をよくみかけるが、これは幼児語なのに、子どもが大人になってからもそのままなのか?
・・・というものと、
②日本には、ちゃんとお父さん、お母さんという言葉があるのにあえて外国人の真似をしてパパ・ママと呼ばせるのをどう思うか?というものです。
 
 そして、それらのトピックには毎回多くのレスがつきます。それだけ日頃そのことに関心を持っている人が多いのでしょう。  
 
 ①につくレスの多くは、「子供の方が恥ずかしがって、そのうち(少なくとも人前では)言い方を変えた」と言うものです。その一方、代々パパ・ママと呼んでいる家庭で年齢的におじさん、おばさんになっても、そのままの呼び方で通している家庭も結構あるようです。
 
 ②のほうは、パパママ派は「赤ちゃんに発音しやすいから理にかなっている」「パパ・ママのほうがおしゃれな感じ」「代々パパ・ママと呼んでいるから、その方が自然」「生活の欧米化がすすんでいるのだから親の呼び方も欧米化して何が悪い?パパ・ママに文句あるなら着物でも着て生活すれば?」「中国語でもパパ、ママと言う」というレスが多く、そうじゃない派は「子どもはそのうちちゃんと呼んでくれる。一歳くらいの子がまだ回らない舌でとーたん、かーたんと一所懸命呼んでくれるのもかわいい」「日本には日本の呼び方があるのになんでも西洋かぶれするのは浮かれすぎ」「グローバル化した社会だからこそ自国の伝統を尊重すべきでは?」という趣旨のレスが多いです。  
 
 さて、①についての私の考え: 欧米人20人に実際確かめたのですが、パパ・ママはラテン系の国やドイツで一般的です。また19世紀ごろのイギリスでも上流階級はフランス語風のパパ・ママを好んだ時代があったそうです。今は英語圏ではmom, dadが一般的ですが、ラテン系の移民も多いので英語圏でもmama, papaはありです。そして、彼らはおじさん・おばさんになっても、親の呼び方は変えないそうです。ただ幼児語としてのmommy, pappie, daddyなどはある程度の年齢になるとやめるそうです。また、公の場ではそれぞれの言語で正式な言い方をするそうです。例えば英語ならfather, motherというように。結局、日本の「とと」「かか」「お父ちゃん・お母ちゃん」が例えば英語ではdaddy, mommyで「お父さん・お母さん」がpapa, mamaとかdad, mom、「父」「母」がfather, motherと考えていいようですね。要するに、パパ、ママという言葉は幼児語とは言えないということです。 グローバルスタンダードでは、一生親のことをパパ・ママと呼んでも別に問題なしというわけです。

 ②についての考え:明治時代にはすでに(洋行帰り組みなどの一部の階層の中でしょうが)かなりの家庭で「パパ・ママ」は使われていたようです。明治36年に文部省がわざわざ、親の呼び方は日本人らしく「お父さん、お母さん」と呼ぶようにとお達しを出したほどですから。それまでは多くの家では「とーちゃん、かーちゃん」「おっとう、おっかあ」だったそうですが、パパ、ママ派も相当数いたのですね。ところで、そんな時代にパパ、ママを使っていた家庭ってかなり上流階級だったのではないでしょうか。当時のイギリスの上流階級の真似をしたのでしょうから。だから、dad, momでなく、パパ、ママなのでしょう。そして、昭和も戦後になってから、テレビが普及し、アニメやドラマの中でパパ、ママ(アメリカの影響でしょうになぜdad, momじゃないのか不思議)がしょっちゅう使われていると、庶民の間でも真似する家庭が出てきても不思議ではないですね。ただ、そういった家庭はどちらかと言うと少数派だったのではないでしょうか。少なくとも昭和40年代、私の周りではパパ・ママと呼んでいた子は学年120人くらいの中で数人だったと思います。まあ、3世代同居とかが多かった田舎ですからねぇ。核家族の多い地域だと違うかもしれませんね。 もちろんもともとパパ・ママが普通の階層が多い地域もあるのでしょうけどね。 あれから40年すっかりパパ・ママは市民権を得たようですね。 
 戦後テレビが普及してからパパ・ママ派になった家庭に限ってもかれこれもう2~3代くらいはその呼び方をしている場合もあるでしょう。中には途中からまた日本的呼称回帰もあるようですが。
 周りでまだ伝統的な言い方をする人が大多数な環境で、ある家庭で最初にパパ・ママを使う人達って、そうでない人たちとどこが違うのでしょう。わたしの個人的な印象としては、一つにはステイタス意識だと思います。職業、年収、容姿、学歴、家柄、豊富な海外渡航歴などなんらかのステイタス感を持ち、自信と幸福感の強い人達じゃないかしらと思います。一言で言うと中流意識ですね。 あとはあまり物事にこだわらず、「これいいね」と思うものは何でも取り入れるタイプ。なぜそう思うかと言うと、そうでない人たちはどうしても「照れ」があって使えないような気がするからです。また、あえて元々ある日本的な言い方を止めてまで外来語で親を呼ぶというのに違和感を感じてしまうからだと思いますしね。
 もちろん、親の呼称はそれぞれの考えで決める事で、どうあるべきと決め付けるのはおかしいというのは言うまでもありません。ある程度の年齢になって公の場でちゃんと「父」「母」が使えればまったくOKですから。

 こうして①②について考えながら、藤原正彦氏のことを思い出します。氏は『国家の品格』などで武士道など日本の良さを再確認する重要性を説いておられますが、お子さんにはパパと呼ばれており、しかもお子さんが成人してからも同じ呼び方をされている事が氏の著書や新聞のコラムから窺えます。最初は意外に思いましたが、上記に述べたように色々調べたり、考えたりしているうちに納得しました。藤原氏はお子さんが小さい頃は家族でイギリスにお住まいでしたから、パパと呼ばせるのは自然な事です。そして、この言葉は幼児語ではないので大人になったお子さん達が今でも同じように呼んでいるとしてもそれは自然な事なのですね。
 
 ところで、我が家はどちら派かというと、普段使う言葉くらいは日本人らしくしたいので、最初から「パパ・ママ」は選択肢にありません。「お父さん・、お母さん」か「お父ちゃん・お母ちゃん」かで少し迷い、結局一番スタンダードな「お父さん・お母さん」に決めました。確かに最初の頃は息子は「お父さん」がうまく言えなくて「たっくん」と言ったりしてましたが、2歳になる頃にはちゃんと「お父さん・お母さん」と言ってました。それに残念ながら、我々夫婦はパパ・ママと呼ばれるような柄ではないんですよね。一度息子がふざけてママと呼んできましたが、こっぱずかしいから「やめてくれ~」と叫んでしまいました。娘にいたっては小3の頃から「お父さん、お母さん」というのすら照れくさくなったようで、家のなかではDHのことを「おとうにゃん」(ネコかい!)、そしてわたしのことは「おかあやん」と呼んでいます。「やん」ですよ、「やん」(笑)私って娘から見ると「お母さん」っていう柄でもないのですね。「さん」をつけるのがもったいないと思われているんでしょうかね。